害獣駆除への補助金は、害獣養殖のインセンティブを作り出す。では、あらゆるケースを想定した時、「正しい」インセンティブとはなんなのか。
個人というレベルで見た時、行動のインセンティブは基本的欲求がまずある。食べる、排泄、睡眠、安全に住む、等といった欲求のために行動をする。そのために現代で必要なのが「お金」であるため、インセンティブはお金を得ることにすり替わる。そしてお金を得るためにしていいことと悪いことは法律で定められており、違反した場合は懲役や罰金となる。結果的に、これら諸々が効用に取り込まれ、効用最大化が行われる。企業というレベルになっても、基本的には利潤最大化が目的であり、特定の行為に対する罰則がある。
しかし、補助金といったものの額が膨大であった場合、マッチポンプに対する罰則への回避の手法を使うインセンティブが働く。なぜなら回避手法のコストより、補助金の利益のほうが大きいためである。回避手法には様々なものがあるが、最悪のケースでは権力や警察との癒着というものがある。
ここで一つの仮説がある。つまりインセンティブは政府補助金で与えるのではなく、市場価格に任せるほうがベターではないかというものである。あるいは補助金を与えるにしても、行為ではなく成果に補助金を与えるほうが良い。駆除した害獣の数ではなく、害獣の被害が減り生態系バランスも一定内に保たれているという成果に対してである。制度設計は、制度の利益がコストを上回らなければ意味がない。
また、裁量は癒着の余地を作り出すため、政府はルールに基づいて行動すべきだろう。だが、そもそも政府にはルールを選ぶという強いインセンティブがあるわけではない。むしろ癒着による再選確率増加に対してインセンティブがある。憲法段階は利害から独立した合意であるべきだが、実際は憲法段階すら政治化する。
改憲コストを極端に高くしたり、三権分立などの権力分散をしたり、ルールの解釈性を高めたりという工夫は可能だが、現在のアメリカが大統領令で好き勝手やっているように、脆弱性はある。
「正しいインセンティブ」とは、ズルするより正直にやる方が得になる構造のことと言えるが、それを中央集権的に設計するのは極めて難しい。
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