しかしこの議論は、二つの点で不十分である。第一に、SNSを構成する主体のインセンティブ構造を明確に分析していない。第二に、「自由」がどの主体において実装され、どの主体において制約されているのかを区別していない。
SNSという制度は、少なくとも三つの主体から成り立つ。
- ユーザー(コンテンツを消費・投稿する個人)
- プロバイダー(広告費を支払い表示を求める企業)
- システム(SNSプラットフォーム企業)
これら三者はそれぞれ異なる目的と手段を持ち、その相互作用によって情報の配分が決まる。この制度を市場として分析するならば、まずそれぞれの行動目的と手段を明確にしなければならない。
SNSの三主体と行動目的
1. ユーザー
ユーザーの目的は比較的単純である。- 娯楽
- 情報取得
- 社会的交流
- 承認
- 閲覧
- 投稿
- クリック
- フォロー
- 滞在時間
したがってユーザー行動は、彼らの選好の観察可能な表現として理解される。
2. プロバイダー(広告企業)
プロバイダーとは、SNSに広告費を支払い、ユーザーの注意を獲得しようとする企業である。目的は以下のようなものである。- 商品販売
- ブランド認知
- 顧客獲得
- 広告購入
- ターゲティング
- コンテンツ広告
- 入札
ここで重要なのは、プロバイダーの行動は完全に自発的であるという点である。企業は広告が利益を生まないと判断すれば、支出を停止する。
3. システム(SNS企業)
システムとは、プラットフォームとしてSNSを運営する企業である。目的として、- 利潤最大化
- ユーザー維持
- 広告価値の最大化
- アルゴリズム設計
- UI設計
- データ分析
- マッチング
SNS企業は、ユーザーが離脱しないような情報配分を実現しつつ、同時に広告主に価値を提供しなければならない。この二つの制約の下でアルゴリズムが設計される。
おすすめアルゴリズムの経済的機能
おすすめアルゴリズムの役割は単純化すると次の三つである。- ユーザーの選好推定
- コンテンツの順位付け
- 広告のマッチング
SNSでは膨大なコンテンツが存在するため、ユーザーがすべてを見ることは不可能である。したがって何らかの配分ルールが必ず存在する。アルゴリズムはこの配分ルールを自動化したものにすぎない。
重要なのは、アルゴリズムが存在しなくても配分は必ず起こるという点である。違いは配分の方法だけである。
自由の観点
経済的自由と政治的自由の関係がある。競争的資本主義は、個人が自発的交換を行う制度として自由を支えるとされる。この観点からSNSを見ると、アルゴリズムは次の自由を実装している。
- ユーザーの自由: ユーザーは、投稿するかどうか、何を見るか、どのSNSを使うかを自由に選択できる。退出も常に可能である。
- プロバイダーの自由: 企業は、広告を出すか、どのSNSを選ぶか、どの予算を投入するかを自由に決める。
- システムの自由: SNS企業は、アルゴリズム、ルール、表示方式を自由に設計する。
侵害されると主張される自由
アルゴリズム批判では、主に次の自由が侵害されると主張される。- 注意の自律性
- 情報環境の多様性
市場の自由が侵害されるのは、強制が存在するときである。しかしSNSでは、ユーザーも企業も退出可能である。強制的交換は存在しない。
したがって、ここで観察される現象は自由の侵害というより、むしろ選好の結果としての均衡と理解される。
市場の失敗ではなく制度的均衡
おすすめアルゴリズムは市場の失敗ではない。それはユーザーの注意、企業の広告支出、SNS企業のマッチング技術の相互作用によって形成される制度的均衡である。
もしアルゴリズムがユーザーにとって不利益なら、ユーザーは離脱する。もし広告効果が低いなら、企業は支出を停止する。したがってSNS企業には強い改善インセンティブが存在する。
この競争圧力こそが、市場メカニズムの本質である。
例外:政府によるアルゴリズム介入(検閲)のケース
ここまでの議論は、ユーザー・プロバイダー・システムの三主体が自発的交換の枠組みの中で行動している場合を前提としていた。しかし、この前提が崩れる例外が存在する。それは政府がアルゴリズムに介入する場合である。
典型的には次のような政策である。
- 特定の政治的意見の表示制限
- 政府が指定する情報の優先表示
- 投稿削除の義務化
- 特定コンテンツのランキング低下
この場合、アルゴリズムはもはや市場メカニズムの一部ではなく、政治的配分装置へと変化する。自由社会論の核心は、取引が自発的であることである。競争的市場は、個人が強制されることなく交換に参加できる制度として機能する。
しかし政府がアルゴリズムに介入すると、次の変化が生じる。
- ユーザーは望む情報にアクセスできなくなる
- プロバイダーは政治的制約下で広告を出すことになる
- システムは市場ではなく規制当局に従う
この時点で、SNSは注意市場ではなく規制市場になる。分散した情報を中央当局が完全に把握することは不可能であると考える。市場が優れている理由は、分散した知識を価格や行動を通じて集約する点にある。
アルゴリズムは本来、ユーザー行動データを用いてこの分散知識を利用する装置である。しかし政府がランキングを指定すると、この知識利用が妨げられる。
結果として起こるのは情報の非効率な配分、ユーザー離脱、コンテンツ生産の歪みである。
さらに重要なのは、政治的規制が規制捕獲を生む可能性である。既存の大企業は規制に対応する能力を持つが、新規参入者は持たない。
その結果、大規模プラットフォームは維持され小規模SNSは退出するという構造が生まれる。つまりアルゴリズム規制は、しばしば競争を減らし、市場集中を強化する。
したがって、アルゴリズムが問題となる例外的状況は、アルゴリズムそのものではなく政治的介入である。
ユーザー・プロバイダー・システムの三主体が自発的交換を行う限り、アルゴリズムは市場メカニズムの一部として機能する。しかし政府が情報配分を命令する場合、その制度は市場ではなく統制へと変化する。
この意味で、アルゴリズム問題の核心は技術ではなく制度であり、自由社会において問題となるのはアルゴリズムの存在ではなくその政治的支配なのである。
結論
基本的には、おすすめアルゴリズムは市場の失敗ではない。むしろそれは、SNSという三主体制度における情報配分メカニズムである。ユーザーは注意を提供し、プロバイダーは広告費を投入し、システムは両者をマッチングする。この自発的交換の体系の中でアルゴリズムは機能している。
したがってアルゴリズム問題を市場の失敗として理解するよりも、三主体のインセンティブと自由の配分として理解するのが、経済学的には理にかなっているように見える。
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